なくしたものたちの国 の書評・感想

いちばんたいせつだとそのとき思っていたもの、
もしくは時間、もしくは場所、もしくは人、ですら、なくしても世界は終わらない。
その空洞が埋まることがなくとも、わたしたちは無事に生きていけるのだ。

なくしたものたちの国

nakusitamonotati.jpg イラストと小説が響かせる、生きるよろこび。松尾たいこのイラストと、それをモチーフに描かれた角田光代の連作短編小説。女性の一生を通して、出会いと別れ、生きるよろこびとせつなさを紡いだ、色彩あふれる書き下ろし競作集。

【対岸の彼女】を読んだ時、この人は人間関係の煩わしさや人の弱さをとてもリアルに描写して、それぞれの立ち位置やそれぞれの見方、その中で他人や自分自身と向き合って生きていくことの大切さを教えてくれる人だと思いました。

誰かのことを好きとか嫌いとか超越した最後の答えの出し方にすごく感動するんだけど読んでいる間の人の嫌な所の生々しさやその正確さは余りにもリアルで鬱々としてしまい、でもそんな所が特徴なのかなぁとずっと思っていたのでこの本を読んだ時本当に驚いた。

8歳まで鳥や山羊やいろんなものと話が出来た主人公の女の子が色んなものをなくしながら大きくなっていく物語なんですが、文体がすごく童話的でふんわりしているしとても不思議な世界が広がっているんです。

主人公・雉田成子ちゃんが成長していくにつれて何かを失っていく過程を5つの短編に分けて書いてあるんだけど1つ目の【晴れた日のデートと、ゆきちゃんのこと】では漢字を使う所をわざと平仮名で書いていたり、言葉の語尾を伸ばしたり、返事を繰り返したりしながら【幼い子供にとっての世界】を表現している。

それがとても懐かしく不確かな記憶や分からない事が山のようにあった中で感覚だけを頼りに生きていた幼い頃の世界を思い出させてくれました。

書き方ひとつでそんな事が出来る文章の力に改めて読書の面白さを感じました。

元々書く事において開高健に影響を受け「筆舌に尽くしがたい」とか「言葉に出来ない」という表現を使うことを禁じていて正確に書きつける事を常に心掛けている角田さんだからこそ童話的でふんわりした雰囲気の中でも不思議と確かに共感出来たり想像出来たりする確かなものが書けるんじゃないだろうか。

物語があまりにも浮世離れしてしまわないように。

まったく別の、絵本の中のような世界なのにその空の色の美しさははっきり脳裏に浮かび、動物達の言葉が通り過ぎずに胸に残るのはきっと角田さんならではだと感じました。

山羊のゆきちゃんが音楽の先生に恋をした秘密を話してくれるシーン

「あたし恋をしているの」とゆきちゃんは言った。
え、なあに、それ、と訊くより先に、
「それがびっくりしないでね、相手は学生さんじゃなくて先生なの先生。音楽の先生。
今年から動物委員の係りにならしったんだけどふつうの先生ってこないじゃない、
でも彼はきてくれるの。きてくれて学生さんのできないこと、ほら、学生さんったってあんたたちおちびちゃんだからできないことも多いじゃない、掃除だって四隅きっちり掃きこんだりはできないんだし、そういうのをね、先生が進んでやってくれて、でもそんなことより、すてきなのは、先生が歌ってくれることなの。はじめはひとりで歌っていて、あたしうっとりしちゃってね、それで次にいらっしったとき、先生また歌ってくださいって言ってみたら、びっくりしたようにあたしのことじいーっと見て、先生歌ったの。あたしのためだけによ」

と、ふだんのゆきちゃんに似つかわしくない早口でこそこそと言った。
あんまりいそいで話すから、ときどき、ゆきちゃんの舌がわたしの耳を舐めた。
冷たくてざりざりした舌だった。
「ならしった」とか「いらっしった」とか、へんな言葉も気になったけれど、でも、今秘密を聞いているのだという緊張感が、わたしに質問をさせなかった。
それに、ゆきちゃんの言っていることは、なんとなくわかった。

というシーンなんか興奮して早くなる山羊の鼓動まで聞こえてきそうだし秘密ということの秘めやかさやドキドキ感がすごく伝わってきた。

2つ目の【キスとミケ、それから海のこと】では高校生になった主人公が電車の中で自分は主人公が昔買ってたミケという猫の生まれ変わりだという男の子が話しかけてくる。

男の子は今、中学生で「銃一郎」という名前だけど前世で猫だった頃の事を覚えていていつか前の家族に会いたいと思っていたという。

この話には本当に目から汁が溢れ出しそうになった。

猫好きは絶対に感動すると思うし溢れ出す目汁をこらえきれないと思う。

扉を開けると必ず自分より先にするりと中に入るところやふてぶてしいところ、寿命が近付くと出ていってしまうところがとても猫的でその辺の描写がものすごく正確なんです。

角田さんはあとがきで松尾たいこさんが書かれた絵を元に文章を書いたけどファイルを受け取って一ヶ月以上そのファイルを開くことが出来なかったと書かれています。

そのファイルの中には角田さんが知らない世界があってそれを開くと圧倒される事が分かっていて開けなかったんだって。

ファイルを開けば松尾さんの絵はわたしをまったく知らない場所に連れていく。
その場所で見聞きしたものを書けば、それは物語になるはずだという核心があった。

締め切り間近になってようやく開くことが出来たそうなんですが文章を書くことに対するその感受性とか想像力とか集中力とかは本当にすごい。

松尾たいこさんのイラストもとても不思議な絵でそれがより物語の世界観を作っているし【だれかのことを強く思ってみたかった】でも写真家の佐内 正史さんの写真にショートストーリーを書かれていたし言葉や文章ももちろんそうだけど、視覚的なこともとても大切にされている方なんだなぁと思いました。

おすすめだよ。



photo
なくしたものたちの国
ホーム社 2010-09-24
売り上げランキング : 719
評価

ツリーハウス チーズと塩と豆と ひそやかな花園 三面記事小説 (文春文庫) 私たちには物語がある

by G-Tools , 2011/02/09



PAGE TOP
Profile
name:Jose
sex:male
age:31
本を読んだり絵を描いたりホームページを作ったり文章を垂れ流すのが好きです。
お酒がほとんど飲めずたばこも吸えなくてギャンブルとか全然面白くない草食系で 笹とか食ってそーだよねって言われるのですがベースは熊ですのでお気を付け下さい。
information
このサイトは管理人がネット巡回中に見かけたおしゃれな雑貨、ショップのキャンペーン情報、読んだ本の感想の紹介をしているサイトです。
主に楽天市場内のショップ、amazon、Moma、AllAboutさん等のおしゃれな雑貨をまとめて紹介しています。

アフィリエイトプログラムを利用しており、実際の購入手続きに関してはリンク先のショップでお手続きして頂くようになりますので ご購入の際はリンク先で商品情報をご確認下さい。
Contact RSS